長崎地方裁判所佐世保支部 事件番号不詳 判決
主文
被告人垣内行雄、同柳瀬進、同上重ミサヨを各懲役六月に、
被告人香川シズヱを懲役四月に、
被告人平田キクヱ、同山領ハルエ、同秦ミチノ、同銅座トミ子を各懲役三月に、
被告人銅座ツヤ子、同丸田イワを各懲役二月に
処する。
但し、被告人香川シズヱ、同山領ハルヱ、同秦ミチノ、同銅座トミ子に対しては、いずれもこの判決確定の日から二年間、被告人平田キクヱ、同銅座ツヤ子、同丸田イワに対してはいずれも同じく一年間右各懲役刑の執行を猶予する。
(訴訟費用負担略)
被告人安藤二郎、同山本秀男、同上村静男、同小西藤子、同中村勇、同下日木実、同入江茂男、同中島豊、同吉川ユクはいずれも無罪。
理由
(罪となるべき事実)
(1) 被告人等の身分関係
被告人垣内行雄は長崎県北松浦郡世知原町栗迎免八十九番地の二所在松浦炭礦株式会社松浦礦業所の礦員を以て組織された松浦炭礦労働組合の組合員で本坑支部第一班長
同柳瀬進は同組合の組合員で執行委員兼本坑支部長
同上重ミサヨは同組合の組合員で常任執行委員並びに婦人組合員に組合員の家庭婦人をも含めた同組合婦人部の部長
同丸田イワは同組合の組合員で同婦人部の副部長兼中段支部長
同香川シズヱは同組合婦人部の川向副支部長
同山領ハルエは同組合の組合員で同婦人部の新坑支部長
同銅座トミ子は同組合の組合員で同婦人部の川向支部長
同銅座ツヤ子は同組合の組合員で同婦人部員
同平田キクヱ、同秦ミチノはいずれも単に同組合の婦人部員である。
(2) 争議の発端並びに経過
右松浦炭礦労働組合は、会社側が石炭の統制撤廃に伴う赤字加算制度の廃止に基因する会社経理の悪化を打開し危機を突破する要ありとなし、昭和二十四年十月以後の賃金につき、従来の協定賃金はその儘据え置き、坑内採炭夫一人一日当りの対応能率を一・五瓲から一・八二瓲に引き上げ、仕繰、掘進夫もこれに準ずる旨の改正賃金基準を提案して来たので、組合側では右は事質上二、三割方の賃下げなりとして受諾せず、これが対案として坑内夫の賃金約二倍値上等の要求を提出して、数次に亘り危機突破協力会を開催したが、遂に交渉調はず争議に突入するに至り、その後十二月頃迄の間数十回に亘り会社との団体交渉を重ねたにかゝわらず、会社側は経営の危機を強調し会社案を固持して一歩も譲らず、組合側も亦徒らに経理の公開、炭価の明示等を迫るのみで会社案を検討する誠意すら示さなかつた為め、交渉は容易に妥結を見るに至らず、端なくも賃金問題を廻つて争議は愈々長期化するに及んだのである。
その間賃金は従前に比し二、三割低い暫定払で支払はれた為め、組合員等は漸く生活の窮乏を訴え、職場毎に激しく従前の賃金の延長払を要求すると共に、主として組合婦人部において屡々主食の掛売を交渉するようになつたので組合においても同年十一月三日、十二月十五日の再度に及び臨時大会を開いて組合員大衆に謀り、これ等の要求貫徹の為め徹底的に闘争することとし、就中日常問題を取り上げて職場闘争手段に訴えること、闘争方針としてはストを含む実力行使をも辞せない旨決議し、是れに基き十二月中或いは職場におけるハンスト、或いは四十八時間スト等を決行し、殊に連続昼夜三日間に亘り組合員等多数が会社幹部の籠城する松浦礦業所長田辺重訓宅を包囲し、口々に「団体交渉に応ぜよ」などと呼号して喧騒するなどの抗争もあつて、争議は益々悪化の一路を辿る一方、これに伴い出炭は激減し会社の経理も頓に赤字の累積に苦しみ、企業再建整備不可避の状態に立ち至つた。そこで会社側においてはこれが対策として翌二十五年一月に入るや、早急に組合員二百一名の人員整理を含む再建計画を決定した上、同月九日組合にこれを発表し、十三日組合の全面的拒否に遭うや、即日一部被告人等を含む前記組合員の大量解雇を断行したので、組合の態度も愈々硬化し争議は俄かに険悪化するに至り、被解雇者多数の強行入坑等頻発し、又主食の掛売団体交渉等の要求も引き続き激しく続けられたが、会社側は依然頑として主食の掛売を認めざるのみならず、田辺所長以下会社幹部等は前記所長宅に籠城して団体交渉を拒否し続けたのであつた。
(3) 犯行当日の状況
かゝる情勢の下、同月十九日午前十一時頃から被告人垣内行雄外男子組合員数名に婦人部員十数名が合体して右田辺所長宅玄関に押し掛け、当日早朝ハンストに入つた組合員四名の者の
一、不当馘首絶対反対
二、即時団体交渉に応ぜよ
三、賃金問題を早急に解決せよ
四、主食の掛売を認めよ
などと認めた要求書の受取方を所長秘書永井宗明に強要して会社側の回答を迫つていたところ、その後初めは主として婦人部員、次で午後三時頃からは殊に男子組合員が刻々その数を増しゝ、百数十名に及ぶ男女組合員大衆が同家玄関先を始めその附近道路等に蝟集し来り、「団体交渉に応ぜよ」「主食の掛売を認めよ」などと口々に呼号し、或いは会社幹部を頻りに悪罵して喧騒しデモが行われるに至つたが、結局会社側において回答を拒否するや、茲に午後五時過頃からは同家前道路において、鉄管を叩きワツシヨイ〓と掛声を掛けて益々気勢を揚げ乍ら、一部婦人部員十数名が玄関先等において入りかわり立ちかわり盛んに松生葉等を燻し、同日午後八時過頃に至るや、一部男子を主とする組合員数十名も右婦人部員等に同調し、同家邸内に侵入して裏庭でも前同様生葉を燻し、遂に同家表裏等周囲数ケ所から煙を屋内へ送り込み、居合せた会社幹部数名(田辺所長不在)を濛々たる煙に噎ばせ、斯様にして午後十時半過頃現場から一同が引き揚げる迄の間同家邸宅内外において、百数十名の男女組合員大衆が同家内に籠城し続ける会社幹部に向い、絶えず口々に「主食の掛売」「団交」等の要求を呼号し、或いは悪罵を浴びせ怒号して喧騒したのである。
第一、被告人上重ミサヨ、同香川シズヱ、同平田キクヱは是より先、同日午前十時頃から婦人部員多数と共に同組合事務所二階に参集して、配給日を明日にひかえた主食の掛売交渉の対策を討議した際、被告人平田の思いつきにより右会社幹部の籠城する所長宅に押し掛けて松生葉等を燻し、各自団扇等でその煙を屋内へ送り込んで暴行を加え居合せた会社幹部をおびき出して要求に応ぜしめんとする所謂松葉燻しの新戦術を採用することを共謀決定し、その準備として中段支部等を通じて松、杉、檜等の生葉を右所長宅に集めさせた上
(イ) 被告人上重は同日午後五時過頃所長宅玄関先において屋内に向い「主食の掛売を認めよ」などと呼号し乍ら、婦人部員十数名を指揮して、戸板二枚を互いに山形に立て掛けた下で盛んに松、杉、檜等の生葉を燻し、その煙を団扇等で同家屋内に向けて送り込ませ、よつて屋内に在つた同礦業所副長岸良隆、新坑坑長大村宗興、礦務課長村上光俊、勤労課長中川竜夫外会社幹部等数名を煙に噎ばせ
(ロ) 被告人香川は同日午後五時過頃所長宅玄関先において、被告人山領、秦、銅座トミ子、銅座ツヤ子等婦人部員十数名と共同して、ワツシヨイ〓と気勢を揚げ乍ら生葉を燻し、前同様の方法を以てその煙を同家屋内に向けて送り込み、よつて右会社幹部等を煙に噎ばせ
第二、(イ) 被告人山領ハルエ、同秦ミチノ、同銅座トミ子は同日午後五時過頃相前後して所長宅玄関先に参集し、前記第一(ロ)記載の如く被告人香川等婦人部員十数名と共同して、各自ワツシヨイ〓と掛声を掛け、或いは「主食の掛売を認めよ」などと呼号し乍ら生葉を燻し、前同様の方法を以て会社幹部等を煙に噎ばせ
(ロ) 被告人銅座ツヤ子はその後間もなく所長宅玄関先に至り、前記第一(ロ)記載の如く被告人香川等婦人部員十数名と共同して生葉を燻し、前同様の方法を以て会社幹部等を煙に噎ばせ
第三、(イ) 被告人垣内行雄は組合の職場闘争委員をも兼ねていたところ、前記の如く同日午前十一時頃から男女組合員十数名と所長宅に押し掛け、ハンスト者四名の要求書を永井所長秘書に手交して会社側の回答を迫り、その後同家宅前に蝟集した男女組合員百数十名と共にデモを敢行したが、右回答は拒否され、婦人部員十数名が中心となり益々気勢を揚げ「主食の掛売を認めよ」などと呼号し乍ら、玄関先で盛んに松生葉等を燻して喧騒し続けるのを目撃するや、右婦人部員等の意図を了察してこれに同調し、同日午後八時過頃「ボイ〓やれ」(遠慮なくやれの意)「裏にも火を移そう」などと連呼し乍ら、生葉を抱え率先して竹垣に囲まれた同家邸内裏庭に侵入し、十時半過頃迄の間相前後してその場に侵入した被告人柳瀬進、組合員佐々木照明、滝本三郎、森幸一等十数名と共同し、奥座敷縁外において室内に居合せた大村宗興等会社幹部に対し「何故首を切つたか」などと詰め寄り、同家表玄関先と呼応して前同様生葉を燻し乍ら、交々奥座敷南側の雨戸、硝子戸、障子等を次々に開け放ち、或いは同所縁側に這い上り屋内会社幹部が障子を閉めて煙の侵入を防ごうとするを阻止する等、その煙の屋内に入るのを容易ならしめ、よつて右会社幹部等を濛々たる煙に噎ばせ
(ロ) 被告人柳瀬進は組合の青年推進行動隊員をも兼ねていたところ、同日午後三時頃新和寮で組合員男女多数が主食の掛売要求の為め所長宅に押し掛けたとの情報に接したので、午後五時過頃本坑支部員二、三十名を引き連れて応援に駈け附け、前記の如く婦人部員十数名が中心となり男女組合員百数十名と共に同家宅前で喧騒し乍ら、玄関先で松生葉等を燻しているのを目撃するや、前同様右婦人部員等の所為に同調し、被告人垣内に少し遅れて同家邸内裏庭に侵入し、十時半過頃迄の間被告人垣内等男子組合員十数名と共同して、前記大村等会社幹部に今次馘首の不当を難詰し乍ら、右奥座敷縁側に這い上り前記第三(イ)記載の如き方法を以て煙の屋内に入るのを容易ならしめ、よつて会社幹部等を濛々たる煙に噎ばせ
以て前記所長宅内外に蝟集した男女組合員等多衆の威力を示し又は数名共同して右会社幹部等に暴行を加え
第四、被告人丸田イワは同日午後四時頃中段支部会場前附近において同支部副支部長徳田リキから、前記の如く一部婦人部員等が所謂松葉燻しの新戦術を採用することに決定した旨通達を受けるや、その頃情を知らない青年推進行動隊員嘉藤八夫に依頼して、杉等の生葉一抱えを同所附近から田辺所長宅附近迄運搬せしめ、以て前記第一の犯行を容易ならしめて幇助したものである。
(証拠の標目略)
(弁護人及び被告人の主張に対する判断)
一、弁護人松井佐は本件は正当な争議行為である。従つて本件起訴は右争議権を無視し憲法第二十八条に違反したものであるから、刑事訴訟法第三百三十八条第四項により公訴を棄却すべきであると主張するけれども、検察官が公益の代表者として苟くも犯罪の嫌疑ありと思料するときは証拠を蒐集し公訴を提起し得ることは法の認める当然の職務権限に属し、たとえ労働者の組合活動に関連するの故を以てしても他と区別すべき理由は毫もない。本件において公訴提起の手続がその規定に違反した廉など何等認めることはできないから、到底公訴を不適法として棄却するの余地なく右弁護人の主張は採用することができない。
二、弁護人等並びに一部被告人等はいずれも被告人等の判示所為に対し本件は争議行為で正当なものであるから、労働組合法第一条第二項刑法第三十五条により違法性を阻却され無罪である旨主張するけれども、右所為は尚同法第一条掲記の目的を達成する為めになされた組合活動の一種であることが一応うなずけるに止まり、右は主食の掛売に関する組合の要求貫徹の為めなりとはいえ、判示に認定の如く暴力その他の行為に出たものであつて、同条第二項但書の趣旨に鑑みて現下国民の健全な常識を基礎とし社会通念に照し、争議行為としては既に正当性の範囲を逸脱した所謂行き過ぎであると認むべきものであるから、右弁護人、被告人等の主張も到底採用できないところである。
三、次に弁護人松井佐、今長高雄等は本件争議は会社側の不誠意の為め長期化するに及び、延いてその間昭和二十四年十月以降の賃金は一方的に従前に比し二、三割方低い賃下げ払いを強行されて来たので、組合員の生活は漸く窮乏を訴え、殊に台所を預る主婦の苦痛は言語に絶するものがあつたにかゝわらず、会社側は争議に対する戦術の一環として同年十二月以後は賃金の内払乃至主食の掛売をさえ認めなくなり、剰え組合との団体交渉すら、会社幹部は田辺所長宅を会議室に充て同所に籠城して故なくこれを拒否し続けた。のみならず、毎年年末に支給されて来た期末賞与も支給されることなく、組合員は極度の経済的困窮の裡に正月を迎えたのである。かゝる状態の下、主食の配給日を明日に控えた一月十九日には配給を取り得ない家庭は実に三百世帯に及び、台所を預る主婦約三百名が期せずして組合本部に集り対策を協議した結果、労働基準法に所謂非常時払を実施して貰うか、主食の掛売を認て貰うよう陳情に赴くこととなり、同日午後四時半頃から或る者は幼児の手を曳き、或る者は赤子を背負つて、遠くは一里に及ぶ間を右田辺所長宅に参々伍々主食掛売の陳情に参集したのが本件である。よつて本件は期待可能性なき行為であり無罪であるか、又は正当防衛乃至緊急避難の行為であり無罪であると主張するから、この点について判断する。
本件争議に突入するや、昭和二十四年十月以降の賃金が従前に比し二、三割低い暫定払で支払はれた為め、一部組合員中には次第に生活の窮乏を訴え争議の長期化に伴い主食の掛売を受けて屡々その日を凌ぐの已むなき者も少くない有様となり、(組合員約千八百名中約二百名程度)越年資金も支給されなかつた為め同年末は、結局十七日分の主食の掛売が認められて僅かに正月を迎え得た者も少くなかつたこと、従つて本件の一月十九日頃は主食の配給日を明日にひかえて配給の取れない家庭も少くなかつたであろうことは大略判示に認定のとおりであり、更に証人岸良隆(第二回)の、被告人上重の証人としての、各当公判廷(第九回)における証言(被告人上重自身に対しては同公判調書中の証言部分)を参酌して窺い知ることができる。然し乍ら、争議の長期化は必然組合員の生活の困窮を招集することは明かであり、本件争議の長期化については労使双方約三ケ月間に数十回に亘る団体交渉を重ね乍ら、会社側も会社存立の危機打開を焦慮するの余り、経営の危機を強調して頑強に会社案を組合に押しつけるのみで、組合側の声を充分聴く丈の寛容と、或る程度納得の行く迄経理の内容を説明する誠意に欠けたことが一因をなしていることは否めないところであるが、さればとて組合側亦赤字経営の継続を許さないという双方にとつても重大な時機であることは認識し乍ら、徒らに経理の公開、炭価の明示等を迫るのみで、一応会社案を検討し或る程度の譲歩も忍んで危機突破に協力すべき誠意すら披瀝せざるのみか、却つて賃金約二倍値上等を要求して一歩も譲らない態度を執つたことにも起因するものであることは、前顕証人村上光俊、大村宗興、岸良隆(第一回)、永吉誉、福森重太郎等の各公判調書記載の若しくは当公判廷における証言その他一件記録に徴し認められる所であるから、長期争議の責任を会社側にのみ負はしめ、正当防衛に所謂不正の侵害であるとか、緊急避難に所謂現在の危難であるとかは認めることはできない。又判示認定の事実を以て他に実効ある争議行為を期待し難い洵に已むを得なかつたところであると認めることもできず、その他一件記録に徴し当時の情勢から観て他に方法がなく判示の如き行動に出たことは社会通念に照し洵に已むを得なかつたものと認め得る証拠はない。
尤も本件犯行の翌日である一月二十日には主食の掛売が認められたことは前記岸良隆(第二回)の証言その他により認められるのであるが、右は情状として参酌すべき事柄に属し未だ会社側の不正侵害の資料に供することはできない。以上の次第であるから、右弁護人等の所謂期待可能性、正当防衛乃至緊急避難に関する主張も亦到底採用し得ずと謂はざるを得ない。
(法令の適用略)
(無罪の判断)
本件公訴事実中
(一) 被告人安藤二郎は松浦炭礦労働組合執行委員にして川向支部長であるが、判示争議継続中組合員男女約二百名と共謀の上(イ)同日午後七時頃田辺所長宅前道路において組合員約二百名が鉄管を叩きワツシヨイ〓と掛声を掛けて気勢を揚げていた際大声で「特別報告だ」と前置きし「配給所主任との主食の掛売交渉は失敗に帰した」旨告知する等組合員の気勢を益々昂揚させ、(ロ)同日午後十一時頃一同が同所を引き揚げる迄組合員等の判示所謂松葉燻し行為を煽動する等団体の威力を示して暴行、脅迫、器物の毀棄をした。と謂うのである。
同被告人が組合の執行委員であり(イ)右日時場所において組合員男女多数が鉄管を叩きワツシヨイ〓と気勢を揚げたり、玄関先で生葉を燻して煙を屋内に向け送り込んだりしていた際、集つていた組合員に対し「特別報告だ」と前置きして前記の如く報告した事実は同被告人の当公判廷における供述、同被告人の検事に対する第一回供述調書中の供述記載等により認めることができるが、(ロ)更に証人伊藤与吉の当公判廷(第五回)における証言等を参酌すれば、同被告人は寧ろ組合本部の指令で一同を引き揚げさせることに努めたことも覗はれて、以上の事実だけでは未だ直ちに判示被告人等の所謂松葉燻しの暴行を煽動したものとも認められず、その他判示暴力行為等に互いに共謀加担したことを認め得る証拠がない。
(二) 被告人山本秀男は同組合執行委員にして春日台支部長であるが、前同様争議中組合員男女約二百名と共謀の上、同日午後七時頃から八時頃迄の間(イ)同家邸内に侵入して組合反動分子の監視に当り、(ロ)或いは同家裏庭竹垣上に上半身を乗り出し同家に居合せた会社幹部に対し「吾々は最後迄闘うぞ」と大声で怒号して気勢を揚げる等前同様団体の威力を示して暴行等をした。と謂うのである。第二回公判調書中の証人村上光俊の、第四回公判調書中の証人合川知夫、同中川竜夫の各証言等を綜合すれば(イ)同日午後五、六時頃組合員男女百数十名が同家玄関先で生葉を燻した煙を盛んに屋内に向け送り込みながら「主食の掛売を認めよ」「団体交渉に応ぜよ」などと呼号していた頃、同被告人が同家裏庭に面した竹垣上に上半身を乗り出し同家に居合せた会社幹部に対し「吾々は最後迄闘うのだ」と怒号した事実は認め得るのであるが、同被告人の検事に対する供述調書中の供述記載その他信用できる全立証によつても未だ、同被告人が判示被告人等の所謂松葉燻しの暴力行為等に互いに共謀加担して右所為に及んだものと認めることはできない。又証人伊藤与吉、同原田松一、同和田喜久男の各当公判廷(第五回)における証言等を参酌すれば(ロ)被告人山本が同夜八、九時頃同家邸内裏庭に入り込んでいたことは認められるのであるが、争議中組合の要求貫徹の為めと信じ他の組合員大衆に追随してこれと行動を共にし、会社幹部等が当時屡々会議室に充てて籠城するを常とした所長宅に入り込んだものであることが諸般の状況その他一件記録に徴し窺い知られるに止まり、被告人が右暴行に共謀加担する意思の下に行動したことは同様認めることができない。斯の如きは又夜間であり、邸内裏庭であつた点等多少穏当を欠き軽卒のそしりを免れないものがあつたとはいえ、未だ不法に人の看守する邸宅に侵入したものではないと認めるのが相当であり、その他要するに被告人山本が判示被告人等の暴力行為等に互いに共謀加担したこと並びにこれに共謀加担する意図の下に邸内に侵入したものであることを認め得る確証がない。同被告人は同家邸内に故なく侵入したものであることを認め得る確証がない。同被告人は同家邸内に故なく侵入したものと断ずることも速かにできないのである。
(三) 被告人上村静男は同組合の組合員であるが、前同様争議中組合員男女約二百名と共謀の上
(イ) 同日午後二時頃同家炊事場の扉を蹴破り
(ロ) 同日午後八時頃同邸内に侵入して裏庭に廻り、被告人垣内行雄外数名と共に奥座敷縁側に這い上つて障子を開け放ち、組合員が縁外で燻す煙の屋内に入るのを容易ならしめ
る等団体の威力を示して暴行等をした。と謂うのである。
(イ) 右日時同家炊事場の扉の一部が組合員等の内の何者かによつて蹴破られたことは第三回公判調書中の証人吉間デンの証言等により認められるのであるが、被告人上村が蹴破つたものであることは只一つ証人久田トメ子の当公判廷(第五回)若しくは同証人に対する裁判官の尋問調書中における証言あるのみ、而かも右証言といえども証人和田満義(第六回)、証人力竹久栄(第八回)の各当公判廷における証言等に比照し遽かに措信することができない。又(ロ)に関しても只一つ第二回公判調書中の証人岸良隆の証言あるのみ、而かも是れ亦右証言自体に徴し且つ証人松園好夫の当公判廷(第六回)における証言等に照し遽かに措信できないのである。その他同被告人が判示被告人等の暴力行為等に共謀加担したこと並びにその意図の下に邸内に侵入したものであることを認め得る確証がない。
(四) 被告人小西藤子は同組合婦人部員であるが、前同様争議中組合員男女約二百名と共謀の上、同日午後二時頃同家炊事場入口附近において婦人部員数十名と共に同家に居合せた会社幹部に対し「主食の掛売を認めよ」等呼号し、田辺所長方使用人吉間デンが被告人上村静男の蹴破つた前記扉の破片を所持しているのを見るや、同女に対し「証拠にするつもりか、この鬼婆、俺の顔を覚えて置け」等罵詈雑言を浴びせる等団体の威力を示して暴行等をしたと謂うのである。
右の内共謀の点並びに扉を蹴破つた者が被告人上村である点を除き第三回公判調書中の証人吉間デンの証言及び同被告人の副検事に対する供述調書中の供述記載等を綜合して大凡認められるところであるが、共謀の点につき何等認め得る証拠のない本件においては、以上の事実だけでは未だ判示暴力行為等に共謀加担した争議行為として行き過ぎのものであるとは認めることができない。
(五) 被告人中村勇は同組合の組合員であるが、前同様争議中組合員男女約二百名と共謀の上
(イ) 同日同家前道路において組合員男女約二百名と共に同家に居合せた会社幹部に対し「主食の掛売を認めよ」と呼号し
(ロ) 次で同日午後八時過頃同家邸内に侵入して裏庭に廻り、被告人岡崎俊男外数名と共に奥座敷縁先に詰め寄り前記大村宗興等に対し前同様呼号しながら、同人が煙の屋内に入るのを防ぐ為め硝子戸を閉めようとするや硝子戸を押えてこれを阻止する等団体の威力を示して暴行等をした。と謂うのである。
(イ)の事実は被告人の自白の外何等認め得る証拠がない。又(ロ)に関し第二回公判調書中の証人大村宗興の、第四回公判調書中の証人合川知夫の各証言等を綜合すれば、同被告人が同夜同家表裏等数ケ所から盛んに生葉を燻した煙が屋内に送り込まれていた午後八時過頃、組合員男女数十名と共に同家裏庭に在り、奥座敷緑先に詰め寄つて「団体交渉に応ぜよ」「主食の掛売を認めよ」などと呼号したことは窺い知られるところであるが、(この点に関し証人中村ツヤの当公判廷(第九回)における証言、同証人に対する裁判官の尋問調書中の供述記載は信用しない)いずれにしても進んで同被告人が争議行為としては行き過ぎである判示被告人等の暴力行為等に互いに共謀加担し、その意図の下に同家邸内に侵入したものであることは未だこれを認め得る証拠がない。前同様争議中組合の要求貫徹の為めと信じ他の組合員大衆に追随してこれと共に行動したものであることが窺はれるのであるから、同様多少穏当を欠くものがあつたとはいえ、未だ同被告人は同家邸内に故なく侵入したものと断ずることも遽かにできないのである。
(六) 被告人下日木実は同組合の組合員であるが、判示争議継続中一部組合員男女が主食の掛売交渉の為め田辺所長宅に押し掛けたとの通報に接するや、同日午後九時頃応援に駈け附け先着の組合員に合流し、組合員男女約二百名と共謀の上(イ)同家邸内に侵入して裏庭に廻り、奥座敷緑先に詰め寄つて前記大村宗興等に対し「団体交渉に応ぜよ」と呼号し、(ロ)同所に居合せた前記村上光俊に「俺の顔を覚えて置け」と怒号する等団体の威力を示して暴行等をした。と謂うのである。
同被告人が右冒頭に記載した動機から田辺所長宅に押し掛けた事実は同被告人の検察事務官に対する第一回供述調書中の供述記載により認められ、(イ)同被告人が午後九時頃同家邸内裏庭に入り込み、同家表裏等数ケ所から盛んに生葉を燻した煙が屋内に送り込まれていた頃、奥座敷緑先に詰め寄つて前記大村宗興等に対し「団体交渉に応ぜよ」などと呼号したことは右被告人の供述調書中の供述記載、第二回公判調書中の証人大村宗興の証言等により窺い知られるところであり、又第二回公判調書中の証人村上光俊の証言、同被告人の検察事務官に対する供述調書の第一、二回を通じ同人の供述記載によれば、午後十時半過頃一同引き揚げた後、同被告人が外数名と共に跡片附をしていた際、前記村上光俊の問に対し「俺の顔を覚えて置け」と応酬した事実は認められるが、共謀の点を認め得る何等の証拠なく共謀の認められない本件においては、右(イ)(ロ)の各事実だけで直ちに同被告人が判示被告人等の暴力行為等に互いに共謀加担したものであるとは到底認めることができない。前同様争議中組合の要求貫徹の為めと信じ他の組合員大衆に追随してこれと共に行動したものであることが窺はれるのであるから、同様同被告人は同家邸内に故なく侵入したものと断ずることも遽かにできないのである。
(七) 被告人入江茂男は同組合の組合員であるが、前同様争議中組合員男女約二百名と共謀の上
(イ) 同日午後六時頃から、同家前道路において組合員男女約二百名と共に、ワツシヨイ〓と掛声を掛けて気勢を掲げ
(ロ) 同日午後八時頃に至り同家邸内に侵入して裏庭に廻り、被告人岡崎俄男外数名と共に奥座敷緑先に詰め掛けて気勢を揚げ
る等団体の威力を示して暴行等をした。と謂うのである。
第二回公判調書中の証人村上光俊、同大村宗興の各証言、同被告人に対する裁判官の尋問調書中の供述記載等を綜合すれば、同家裏庭の奥座敷緑外で生葉を燻した煙が屋内に送り込まれ始めた午後八時頃、同被告人が同所附近に在り、前記大村宗興に対し頻りに悪罵を浴びせ掛けていたことを僅かに窺い得られるに止まり、是れ亦進んで同被告人が争議行為としては行き過ぎである判示被告人等の暴力行為等に互いに共謀加担し、且つその意図の下に同家邸内に侵入したものであることその他の右公訴事実を認め得る証拠がない。同被告人は邸内に故なく侵入したものと断じ得ないこと亦前同様である。
(八) 被告人中島豊は同組合生産副部長であるが、前同様争議中組合員男女約二百名と共謀の上、同日午後五時頃同家玄関先において同家に居合せた会社幹部に対し「団体交渉に応ぜよ」「主食の掛売を認めよ」等呼号し、組合員男女約二百名と共に同家前道路においてワツシヨイ〓と掛声を掛けて気勢を揚げる等団体の威力を示して暴行等をした。と謂うのである。
第二回公判調書中の証人大村宗興の証言、同被告人の副検事に対する供述記載等によれば、同日午後五時過同家玄関先において婦人部員十数名が生葉を燻し煙を屋内に送り込んでいた頃、同被告人が同家前道路において組合員男女多数と共にワツシヨイ〓と掛声を掛けて気勢を揚げながら、会社幹部の居合せた屋内に向い「団体交渉に応ぜよ」などと呼号したことは認められるが、進んで同被告人が判示被告人等と共謀し、その所謂松葉燻しの暴力行為に加担する意思の下に右所為に及んだものと認め得る証拠もなく、要するに判示被告人等の暴力行為等に互いに共謀加担したことを認め得る証拠がないから、未だ同被告人の所為が暴力の行使その他争議行為として正当性を逸脱した行き過ぎであると謂うことはできない。
(九) 被告人吉川ユクは同組合婦人部の顧問であるが、前同様争議中組合員男女約二百名と共謀の上、他の組合員と共に同日午後十一時頃邸内に侵入して裏庭に廻り、判示被告人等の松葉燻し行為に加担する等団体の威力を示して暴行等をした。と謂うのである。同日午後十一時頃同被告人が同家邸内裏庭で組合員数名と共に判示生葉を燻した跡の後始末をしたことは第二回公判調書中の証人村上光俊、同大村宗興、同岸良隆の各証言等により認められ、(この認定に反するかの如き証人今田今朝菊、同吉川功の各当公判廷(第七回)における証言は遽かに信用できない)、同被告人の検察事務官に対する第一回供述調書中の供述記載、証人久田トメ子の当公判廷(第五回)における証言、同証人に対する裁判官の尋問調書中の供述記載、被告人香川シズヱに対する裁判官の証人等尋問調書中の供述記載、同被告人の検事に対する第二回供述調書中の供述記載によれば、被告人吉川ユクが同日午前十時頃から開かれた同組合婦人部の幹事会に出席したことが明かであると共に、同被告人は午前十一時頃中途退席したことも窺い知ることができ、同被告人が判示所謂松葉燻しの謀議に参画したことその他判示被告人等の暴力行為等に互いに共謀加担したことを認め得る確証がない。(この点に関し第四回公判調書中の証人中川竜夫の証言は遽かに信用できない)又被告人吉川が前記の如く夜間田辺所長宅邸内裏庭に入り込んだのは争議中組合の要求貫徹の為め判示の如く組合員大衆が行動した跡の後始末をする目的で、会社幹部等が当時屡々会議室に充てて籠城するを常とした所長宅に入り込んだものであることが前記村上等の証言その他一件記録に徴し窺い知られ、斯の如きは未だ不法に人の看守する邸宅に侵入したものではないと認めるのが相当であり、他に故なく邸宅に侵入し又はその要求を受けて退去しなかつたものと認むべき確証がない。よつて以上被告人等の所為は犯罪の証明なきに帰着するから、刑事訴訟法第三百三十六条により右被告人等に対してはいずれも無罪の言渡をする。
尚判示被告人垣内以下十名に対しては判示認定の事実に加えるに、同被告人等が組合員男女約二百名と共謀の上団体の威力を示し田辺所長宅屋内の会社幹部に対し「狸出て来い、出て来たら打ち殺してやる」などと申し向けて脅迫し且つ同家の竹垣、障子その他を破壊して器物を毀棄したという事実についても一括して本件公訴が提起されているところ共謀の点その他右事実を認め得る確証がないので無罪であるが、いずれも判示被告人等の所為と包括一罪の関係にありとして起訴されたものであるから、この点については特に主文において無罪の言渡をしない。
よつて主文のように判決した。
(裁判長裁判官 小田村元〓 裁判官 滝口隣 裁判官 松村利智)